「「「最後の一葉」」」
ワシントン・スクエアの西の小さな区域では、いくつもの通りがごちゃごちゃに錯綜していて、「プレース」と呼ばれる小さな細長い道に分断されている。これらの「プレース」は奇妙な角とカーブを作り出している。一つの通りは一回か二回ぐらいはそれ自身と交差しているのである。ある画家が、かつて、この通りに貴重な可能性を見出した。想像してごらん、絵の具、紙、およびキャンバスのための請求書をもっている集金の人が、この通りへ入り込んで、分割払いの一セントをもらうことなしに、突然戻ってくる彼自身に出会うことをね!
それから、この風変わりな古いグリーンウィッチヴィレッジに、北向きの窓や十八世紀風の切妻やオランダ風の屋根裏部屋、それから安い家賃を求めて絵描きたちがすぐにうろつき始めた。それから彼らは、六番街からいくつかのしろめのマグカップやコンロ付きの卓上なべを仕入れてきて、ここに「コロニー」が完成したのである。
ずんぐりした、レンガ造りの三階建ての頂点に、スウとジョンジーはアトリエを持っていた。「ジョンジー」はジョアナの愛称である。スウはメイン州、ジョンジーはカリフォルニア州の出身だ。こいつらは八丁目の食堂「デルモニコ」で定食を食ってるときに出会ったんだな。芸術での嗜好もチコリーサラダや手首の部分が広い袖についての趣味合うってことから、アトリエを共にすることにしたんだな。
それは五月のことだった。十一月になったら、医者が肺炎と呼ぶ目に見えないよそ者が、この「コロニー」を歩き回って、その氷のような指でそこら中の人間を触ったんだよ。この破壊神は、向こうの東側では、大胆に闊歩し、何十人もの犠牲者を生み出したんだが、この狭くて時代遅れな「プレース」の迷路はな、ゆっくり、こっそり通り抜けたんだよ。
肺炎さんは、礼儀正しい紳士と呼べるような奴ではなかった。カリフォルニアのそよ風によって血が薄くなったかわいそうな小さな女性は、血で赤くなった拳を握った息づかいも荒い老人にとっては、とてもフェアな試合ができる相手ではなかったんだ。しかし、ジョンジーは奴に襲われたんだよ。彼女は横たわり、ほとんど動くことも出来ず、ペイントされた鉄製のベッドで、小さなオランダ風の窓ガラス越しに、隣のレンガ造りの家の何も無い壁を見てるだけだったんだ。
ある朝、忙しい医者が、もじゃもじゃでグレーの眉毛で合図してスウを廊下へ呼び出した。
「彼女が助かる可能性は私に言わせれば十に一つと言ったところでやんす。」と体温計の水銀を振っておろしながら彼は言ったんだ。「その可能性も彼女の生きたいと願う気持ちがあってのものだ。いまみたいに、葬儀屋を呼ぶことばかりを考えているような状態ではどんな薬も意味を持たんのだよ。あんたの友達は、もう良くならないと決めこんでおる。彼女の気持ちにおいて、コレっていうものは無いのか?」
「彼女は―いつの日かナポリ湾を描きたいと言っていました。」とスウは言った。「絵を描きたいだと?―バカを言っちゃいけないよ!普通の二倍考えるような価値のある何かが彼女には無かったのか?―例えば、男とか。」
「男ですか?」スウは言った。ユダヤ・ハープの音のような、その声で。「男に価値が―いや、いいえ、先生、そのような類のものはありません。」
「なーる。そこが弱点なんだ。」と医者は言った。「わしの努力が及ぶ限り、あらゆる療法を施してみよう。しかしな、あの娘が自分の葬式の列での車の数を数え始めたら、医薬の効能が普通の五割ぐらいになると思ってくんしゃい。あんたが、彼女に外套の袖のこの冬のニュースタイルについての質問をさせることができたら、十に一つだった可能性が五に一つになると約束しよう。」
医者が帰った後、スウは仕事場に行って日本製のナプキンがびしょ濡れになるまで泣いた。それから、彼女は、画板を抱え、口笛を吹きながら、威勢よくジョンジーの部屋に入って行った。
ジョンジーは、掛け布団にほとんどしわを作らずに窓の方に顔を向けて寝ていた。スウは、彼女が寝ていると思って、口笛を止めた。
スウは画板を準備すると、雑誌小説の挿絵のペン画を描き始めた。若い画家は、若い作家が文学への道を切り開くために書いている雑誌小説の挿絵を描くことで芸術への道を切り開いていかなければならないのである。
スウがアイダホのカウボーイである小説の主人公の姿の上に、馬匹共進会用の優美な乗馬ズボンと片メガネを描いていると、低い声で何度も繰り返されるのを聞いた。彼女は素早くベッドの方へ行った。
ジョンジーの目は大きく見開かれていた。彼女は窓の外を見て数えていた―数を逆に数えていた。
「十二」と彼女は言って、少しして「十一」それから「十」、「九」、それから、ほとんど同時に「八」、「七」
スウは気になって窓の外を見た。何を数えているのだろう?窓の外は、飾り気の無い、物寂しい庭と二十フィート向こうにあるレンガ造りの家の何も無い壁が見えるだけだった。根っこがくたびれて朽ちかけている古い、古い蔦のつるが、その何も無い壁の半分ぐらいまで登っていた。秋の冷たい風が、つるから葉っぱを叩き落して、骸骨のような枝が、ほとんど裸になって、ぼろぼろのレンガにしがみついていた。「ねえ、それは何?」スウはたずねた。
「六」とジョンジーはつぶやくように言った。「落ちるのが早くなってきたわ。三日前は百近くあったのに。数えていたら頭が痛くなったもの。でも、今は簡単だわ。また一つ落ちたわ。あと、五つしかない。」
「五つが何だって言うの?わたしにも教えて。」
「葉っぱよ。あの蔦のつるの。最後の一葉が落ちたら、私も行かなきゃならないの。三日前からわかっていたの。先生もそう言わなかった?」
「はぁ?そんなバカな話聞いてないわ。」とスウは不平そうに言った。やけに軽蔑した感じに。あの古い蔦の葉っぱがあんたがよくなることと何の関係があるわけ?あんた、そういや、あのつるが好きで、よくいたずらしてたわね。でもね、バカ言ってんじゃないの。医者のバカも今朝私に言ったわ。あんたが良くなるであろう可能性は―先生の言葉を借りれば― 一に十らしいわ!そんなもん、ニューヨークで路面電車に乗ったり、新築のビルのそばを通ったりするときの危険率と何ら変わりないわ。さあ、スープでも飲んだら?そしてスージーを作業に戻らせてあげて。そしたら彼女は出来た絵を編集者に売って、その金で、病気の子供にポートワインを買って、がつがつしてる彼女自身にポークチョップを買うんだからね。」
「もうポートワインを買う必要はないわ。」窓の外に目を向けたままジョンジーは言った。「また一枚落ちたわ。スープなんかいらないわ。葉っぱはたった四枚になったわ。暗くなるまでに最後の一枚が落ちるところを見たいわ。そしてわたしも行くのよ。」「ねえ、ジョンジー」彼女の上に身をかがめて言った。「わたしが仕事を終えるまで目を閉じて窓の外を見ないって約束してくんない?明日までにあの絵を提出しなきゃダメなのよ。ライトが必要だから、ブラインドをおろしたいの。」
「他の部屋描けばいいじゃない。」とジョンジーは冷たく言った。
「わたしはあんたのそばにいたいのよ。」とスウは言った。「それに、あんたにこれ以上あんな馬鹿げた蔦の葉なんか見ていて欲しくないの。」
「終わったらすぐに言ってよ。」目を閉じながらジョンジーは言って、青白くて倒れた彫刻のようにじっと横たわっていた。「わたしは最後の一枚が落ちるところを見たいの。待ちくたびれたわ。考えることにも疲れた。わたしは全ての支配から解き放たれて、あのみすぼらしい疲れきった葉っぱのように落ちて行きたいの。」
「眠んなさい。」とスウは言った。「わたしはベアマンさんを呼んで、年老いた隠者の坑夫のモデルになってもらわないとなんないの。すぐ戻ってくるわ。わたしが戻ってくるまで動いちゃダメよ。」
ベアマン老人は彼女たちの下の階に住んでいる画家だった。彼は六十を過ぎていて、半獣神のような頭から悪魔の子のような体にかけて縮れて垂れ下がっているミケランジェロのモーゼ像のようなヒゲがあった。ベアマンは芸術での落第者だった。四十年間、彼は筆を振るってきたが、芸術の女神の衣の裾に触れることが出来るぐらいに近づけたことはなかった。彼はいつも傑作を書こうとしていたが、いまだにそれは始まっていない。ここ数年間、商業用か宣伝用の下手くそな絵ぐらいしか描いていない。彼は、プロのモデルに金を払えないような、コロニーの若い芸術家のモデルを務めることで、わずかな収入を得ていた。過度のジンを飲み、来たるべき傑作のことを話していた。残りのことを言えば、彼は荒々しい小さな老人で、人の優しさをひどくあざ笑い、階上のアトリエにいる二人の若い画家を守る特別な番犬だと自らを見なしていた。
スウは、階下の薄暗い部屋でトショウの実の強烈な臭いを放っていたベアマンを見つけた。部屋の片隅には、二十五年間、傑作の最初の一筆を迎えるために待ち続けている、何も描かれていないキャンバスが画架の上にあった。彼女はジョンジーの空想について彼に話して、この世にしがみつく彼女のやせた腕がもう少し弱くなったら、実際に彼女は葉っぱのように軽くてもろくなり、ふわふわと飛んで行っちゃうんじゃないかと言った。
ベアマン老人は、涙で赤くなった目で、そのようなバカげた想像に対して侮辱と軽蔑の言葉を怒鳴り散らした。
「なんじゃと!」と彼は叫んだ。「あんないまいましいつるから葉っぱが落ちるからと言って自分も死ぬなんていう馬鹿なことを言う奴が、どこの世界にいるんじゃ。そんなこと聞いたことないわ。うんにゃ、わしはあんたのばかでのろまな世捨て人のためにモデルをやるのなんて、まっぴらごめんじゃからな。なぜあんたはあの娘の頭にそんなばかげた考えが浮かぶのを許してしまったんじゃ?ああ、かわいそうなジョンジー。」
「彼女はとても悪くって衰弱してるの。」とスウは言った。「熱で彼女の気持ちが病的になって奇妙な妄想でいっぱいになってるのよ。いいわ、ベアマンさん、あなたが私のためにポーズをとるのが嫌なら、もう結構よ。にしても、あなたはほんとにひどい、軽薄なジジイね。」
「あんたは典型的な女じゃな。」とベアマンはわめいた。「誰がモデルにならんと言ったのじゃ。続けなさい。わしもあんたと行くから。わしは30分前からモデルをする準備は出来ていると言おうと思ってたんじゃ。ホントなんじゃから。ここはジョンジーさんのような素晴らしい人間が病気で寝込む場所じゃない。いつの日かわしも傑作を描いて、そしてみんなでここを出て行こう。そうじゃ、そうするっきゃない。」
彼らが上へ行くとジョンジーは眠っていた。スウはブラインドを窓の下枠までおろして、ベアマンに他の部屋に行くように合図した。そこから彼らは窓の外の蔦のつるを心配そうに見た。そしたら彼らは少しの間黙って顔を見合わせた。雪混じりの冷たい雨が降り続いていた。ベアマンは古い青いシャツに身を包み、岩に見立てるためにひっくり返したやかんの上に隠者の坑夫のようにして座ってみせた。
翌朝、スウが一時間の眠りから覚めると、ジョンジーは、さえない目を大きく見開いておろされた緑のブラインドをじっと見つめていた。
「これをあげて。わたし見たい。」と彼女はささやくように命令した。
もう面倒くさくなって、スウは従った。
しかし、見よ!長い夜じゅう、叩きつけるような雨と猛烈な突風を浴びたというのに、そこにはまだレンガの壁で頑張る一枚の蔦の葉の姿があった。それはつるについている最後の一葉だった。茎の近くはまだ濃い緑だが、のこぎりの歯のような形をした縁は死んで朽ちた黄色に色づいていて、地面から約十二フィートぐらいのところで勇敢に枝にぶら下がっている。
「最後の一葉よ。」とジョンジーは言った。「あれはきっと夜の間に落ちてしまうわ。風の音が聞こえたわ。今日落ちるわ。そしたらわたしも同時に死ぬんだわ。」
「全く、困った娘ね。」スウはその疲れきった顔を枕に寄りかけた。「あんたが自分のことを考えたくないんなら、わたしのことを考えなさい。わたしは何がしたいでしょうか?」
しかしジョンジーは答えなかった。この世で最も寂しいことは神秘的な遠い旅路に行く準備ができたときの魂である。彼女を友情や大地にしばりつけている絆が少しづつゆるんでいくに連れて、妄想が彼女を支配して来ているように思われる。
その日も過ぎ、夕暮れを過ぎても、独りぼっちの蔦の葉は壁の上の茎にくっついていた。そしたら、夜になって北風が再び吹き始めて、雨はいまだに窓をたたいており、低いオランダ風の軒から滴がぽたぽた落ちていた。
夜明けになると、ジョンジーは容赦なく、ブラインドを上げるように命令した。
蔦の葉は、まだそこにあった。
ジョンジーはそれを見ながら長い間横になっていた。それから、ガスストーブの上でチキンスープをかき混ぜていたスウを呼んだ。
「わたしは悪い娘だったわね、スウディ。」とジョンジーは言った。「わたしがどんなに悪いか教えるために、何かがあの最後の一葉をあそこに留めているんだわ。死にたいなんていうのは罪だわ。さあ、スープを少し持ってきてちょうだいよ。あと、ポートワインを少し入れたミルクと、あと―違う、まず、手鏡を持ってきて、それから、いくつかのクッションをわたしのまわりに詰めてちょうだい。体を起こしてあなたの料理が見たいの。」
そして一時間後彼女は言った。
「スウディ、いつの日か、わたしナポリ湾を描きたいわ。」
午後に医者が来て、スウは、医者が帰るとき、口実を作って廊下へ出た。
「可能性は五分五分じゃな。」スウの細い、震えている手をとりながら医者は言った。「いい看病をしたら、あんたが勝つじゃろう。今からわしは階下にいるもう一人の患者を診なきゃならんのじゃ。ベアマンという名前で―芸術家の類のようじゃ。彼も肺炎じゃ。彼は年老いていて、弱っており、急性なんじゃからな。助かる見込みはないじゃろな。でも、ちょっとでも快適なほうがいいと思って、今日入院するんじゃよ。」 翌日、医者はスウに言った。「彼女はもう危険は脱した。あんたの勝ちじゃ。栄養と看護―それだけで十分じゃ。」
そして、その日の午後、ジョンジーが横になって、とても青くてとても役立ちそうにないウールの肩掛けを満足そうに編んでいるベッドに、スウが近づいて、枕ごと彼女を腕で包み込んだ。
「ちょっとあんたに話があるの。」とスウは言った。「今日病院で、ベアマンさんが肺炎で亡くなったわ。たった二日間だけ病気だったの。管理人が一日目の朝、階下の彼の部屋で助けも無く苦しんでいるところを発見したの。靴と服がびしょ濡れで氷のように冷たかったの。あんなひどい夜にどこに行ってたのか、誰にも想像がつかなかったわ。そしたら、まだ灯りのついているランタンと普段の場所から引きずられたはしごと散乱した数本の画筆と緑と黄色が混ぜられたパレットが見つかったの。それで―ねえ、窓の外を見てみなさい。あの壁の上の最後の蔦の葉を。あんた、風が吹いてもゆらゆらしたり動いたりしないのが不思議じゃなかった?ねえジョンジー、あれはベアマンさんの傑作だったのよ。―最後の一葉が落ちた夜、ついに描くことができたのよ。」
「「「賢者の贈り物」」」
1ドル87セント。それで全部。しかもそのうち60セントは小銭でした。小銭は一回の買い物につき一枚か二枚づつ浮かせたものです。乾物屋や八百屋や肉屋に無理矢理まけさせたので、しまいに、こんなに値切るなんてという無言の非難で頬が赤くなるほどでした。デラは三回数えてみました。でもやっぱり1ドル87セント。明日はクリスマスだというのに。
これでは、まったくのところ、粗末な小椅子に突っ伏して泣くしかありません。ですからデラはそうしました。そうしているうちに、人生というものは、わあわあ泣くのと、しくしく泣くのと、微笑みとでできており、しかも、わあわあ泣くのが大部分を占めていると思うようになりました。
この家の主婦が第一段階から第二段階へと少しづつ移行している間に、家の様子を見ておきましょう。ここは週8ドルの家具付きアパートです。全く筆舌に尽くしがたいというわけではないけれど、浮浪者一掃部隊に気をつけるためにアパートという名前をつけたに違いありません。
階下には郵便受けがありましたが手紙が入る様子はなく、呼び鈴はありましたが人間の指では鳴らせそうもありません。その上には「ミスター・ジェームズ・ディリンガム・ヤング」という名前が書かれた名刺が貼ってありました。
その「ディリンガム」の文字は、その名の持ち主に週30ドルの収入があった繁栄の時代にはそよ風にはためいてきました。でもいまや収入は20ドルに減ってしまい、文字たちはもっと慎ましく謙遜な「D」一文字に押し縮めようかと真剣に考えているようでした。しかし、ジェームズ・ディリンガム・ヤング氏が家に帰って二階のアパートに着くと、すでにデラとしてご紹介済みのジェームズ・ディリンガム・ヤング夫人が、「ジム」と呼びながら、いつでもぎゅうっと夫を抱きしめるのでした。これはたいへん結構なことですね。
デラは泣くのをやめ、頬に白粉をはたくのに意識を集中させました。デラは窓辺に立ち、灰色の裏庭にある灰色の塀の上を灰色の猫が歩いているのを物憂げに見ました。明日はクリスマスだというのに、ジムに贈り物を買うお金が1ドル87セントしかありません。何月も何月もコツコツとためてきたのに、これがその結果なのです。週20ドルでは、大したことはできません。支出はデラが計算した以上にありました。支出というものはいつだってそういうものでした。ジムへの贈り物を買うのに1ドル87セントしかないなんて。大切なジムなのに。デラは、ジムのために何かすばらしいものをあげようと、長い間計画していたのです。何か、すてきで、めったにないもの ―― ジムの所有物となる栄誉を受けるに少しでも値する何かを。
その部屋の窓と窓の間には姿見の鏡が掛けられていました。たぶんあなたも8ドルの安アパートで見たことのあるような姿見でした。たいそう細身で機敏な人だけが、縦に細長い列に映る自分をすばやく見てとって、全身像を非常に正確に把握することができるのでしょう。デラはすらっとしていたので、その技術を会得しておりました。
急にデラは窓からくるりと身をひるがえし、その鏡の前に立ちました。デラの目はきらきらと輝いていましたが、顔は20秒の間、色を失っていたのでした。デラは手早く髪を下ろし、その長さいっぱいまで垂らしました。
さて、ジェームズ・ディリンガム・ヤング家には、誇るべき二つのものがありました。一つはジムの金時計です。かつてはジムの父、そしてその前にはジムの祖父が持っていたという金時計。もう一つはデラの髪でした。シバの女王が通風縦孔の向こう側のアパートに住んでいたとしましょう。ある日、デラが窓の外にぬれた髪を垂らして乾かそうとしたら、それだけで、女王様の宝石や宝物は色あせてしまったことでしょう。また、ソロモン王がビルの管理人をやっていて、宝物は地下室に山積みしていたとしましょう。ジムが通りがかりに時計を出すたび、王様はうらやましさのあまり、ひげをかきむしったことでしょう。
さて、そのデラの美しい髪は褐色の小さな滝のようにさざなみをうち、輝きながら彼女のまわりを流れ落ちていきました。髪はデラの膝のあたりまで届き、まるで長い衣のようでした。やがてデラは神経質そうにまた手早く髪をまとめあげました。ためらいながら1分間じっと立っていました。が、そのうちに涙が一粒、二粒、すりきれた赤いカーペットに落ちました。
デラは褐色の古いジャケットを羽織り、褐色の古い帽子をかぶりました。スカートをはためかせ、目にはまだ涙を光らせて、ドアの外に出ると、表通りへ続く階段を降りていきました。
デラが立ち止まったところの看板には、「マダム・ソフロニー。ヘア用品なら何でも。」と書いてありました。デラは階段を一つかけのぼり、胸をどきどきさせながらも気持ちを落ち着けました。女主人は大柄で、色は白すぎ、冷ややかで、とうてい「ソフロニー」という名前のようには見えませんでした。
「髪を買ってくださいますか」とデラは尋ねました。
「買うさ」と女主人は言いました。「帽子を取って見せなさいよ」
褐色の滝がさざなみのようにこぼれ落ちました。
「20ドル」手馴れた手つきで髪を持ち上げて女主人は言いました。
「すぐにください」とデラは言いました。
ああ、それから、薔薇のような翼に乗って2時間が過ぎていきました。 …なんて、使い古された比喩は忘れてください。デラはジムへの贈り物を探してお店を巡っておりました。
そしてとうとうデラは見つけたのです。それは確かにジムのため、ジムのためだけに作られたものでした。それほどすばらしいものはどの店にもありませんでした。デラは全部の店をひっくり返さんばかりに見たのですから。それはプラチナの時計鎖で、デザインはシンプルで上品でした。ごてごてした飾りではなく、素材のみがその価値を主張していたのです ―― すべてのよきものがそうあるべきなのですが。その鎖は彼の時計につけるのにふさわしいとまで言えるものでした。その鎖を見たとたん、これはジムのものだ、とデラにはわかりました。この鎖はジムに似ていました。寡黙だが、価値がある ―― この表現は鎖とジムの両者に当てはまりました。その鎖には21ドルかかり、デラは87セントをもって家に急いで帰りました。この鎖を時計につければ、どんな人の前でもちゃんと時間を気にすることができるようになるでしょう。時計はすばらしかったのですが、鎖の代わりに古い皮紐をつけていたため、ジムはこそこそと見るときもあったのです。
デラが家に着いたとき、興奮はやや醒め、分別と理性が頭をもたげてきました。ヘアアイロンを取り出し、ガスを着けると、愛に気前の良さを加えて生じた被害の跡を修繕する作業にかかりました。そういうのはいつも大変な仕事なのですよ、ねえあなた ―― とてつもなく大きな仕事なのですよ。
40分のうちに、デラの髪は小さく集まったカールで覆われました。髪型のせいで、まるで、ずる休みした学童みたいに見えました。デラは、鏡にうつる自分の姿を、長い間、注意深く、ためつすがめつ見つめました。
「わたしのことを殺しはしないだろうけれど」とデラは独り言をいいました。「ジムはわたしのことを見るなり、コニーアイランドのコーラスガールみたいだって言うわ。でもわたしに何ができるの ―― ああ、ほんとうに1ドル87セントで何ができるっていうの?」
7時にはコーヒーの用意ができ、フライパンはストーブの上にのり、チョップを焼く準備ができました。
ジムは決して遅れることはありませんでした。デラは時計の鎖を手の中で二重に巻き、彼がいつも入ってくるドアの近くのテーブルの隅に座りました。やがて、ジムがはじめの階段を上ってくる足音が聞こえると、デラは一瞬顔が青ざめました。デラは毎日のちょっとしたことでも小さな祈りを静かに唱える習慣がありましたが、このときは「神さま。どうかジムがわたしのことを今でもかわいいと思ってくれますように」とささやきました。
ドアが開き、ジムが入り、ドアを閉めました。ジムはやせていて、生真面目な顔つきをしていました。かわいそうに、まだ22歳なのに ―― 彼は家庭を背負っているのです。新しいオーバーも必要だし、手袋もしていませんでした。
ジムは、ドアの内で立ち止まりました。うずらの匂いにじっとしている猟犬と同じように、そのまま動きませんでした。ジムの目はデラに釘付けでした。そしてその目には読み取ることのできない感情が込められていて、デラは恐くなってしまいました。それは憤怒ではなく、驚嘆でもなく、拒否でもなく、恐怖でもなく、デラが心していたどんな感情でもありませんでした。ジムは顔にその奇妙な表情を浮かべながら、ただ、じっとデラを見つめていたのです。
デラはテーブルを回ってジムの方へ歩み寄りました。
「ジム、ねえ、あなた」デラは声をあげました。「そんな顔して見ないで。髪の毛は切って、売っちゃったの。だって、あなたにプレゼント一つあげずにクリスマスを過ごすなんて絶対できないんだもの。髪はまた伸びるわ ―― 気にしない、でしょ? こうしなきゃ駄目だったの。ほら、わたしの髪ってすごく早く伸びるし。『メリー・クリスマス』って言ってよ、ジム。そして楽しく過ごしましょ。どんなに素敵な ―― 綺麗で素敵なプレゼントをあなたに用意したか、当てられないわよ」
「髪を切ったって?」とジムは苦労しつつ尋ねました。まるで、懸命に頭を働かせても明白な事実にたどり着けないようなありさまでした。
「切って、売っちゃったの」とデラは言いました。「それでも、わたしのこと、変わらずに好きでいてくれるわよね。髪がなくても、わたしはわたし、よね?」
ジムは部屋をさがしものでもするかのように見まわしました。
「髪がなくなっちゃったって?」ジムは何だか馬鹿になったように言いました。
「探さなくてもいいのよ」とデラは言いました。「売っちゃったの。だから、―― 売っちゃったからなくなったのよ。ねえ、クリスマスイブでしょ。優しくして。髪がなくなったのは、あなたのためなのよ。たぶん、わたしの髪の毛の一本一本まで神様には数えられているでしょうね」デラは急に真面目になり、優しく続けました。「でも、わたしがあなたをどれだけ愛しているかは、誰にもはかることはできないわ。チョップをかけてもいい、ジム?」
ジムはぼうっとした状態からはっと戻り、デラを抱きしめました。さて、それではここで10秒間、趣を変えたささやかな事柄について控え目に吟味をしてみましょう。週8ドルと年100万ドル ―― その違いは何でしょうか。数学者や知恵者に尋ねたら、誤った答えが返って来るでしょう。東方の賢者は高価な贈り物を持ってきましたが、その中に答えはありませんでした。何だか暗いことを申しましたが、ここで述べた言明は、後にはっきりと光り輝くことになるのです。
ジムはオーバーのポケットから包みを取り出すと、テーブルに投げ出しました。
「ねえデラ、僕のことを勘違いしないで。髪型とか肌剃とかシャンプーとか、そんなもので僕のかわいい女の子を嫌いになったりするもんか。でも、その包みを開けたら、はじめのうちしばらく、どうして僕があんな風だったかわかると思うよ」
白い指がすばやく紐をちぎり紙を破りました。そして歓喜の叫びが上がり、それから、ああ、ヒステリックな涙と嘆きへと女性らしくすぐさま変わっていったのです。いそいで、そのアパートの主人が必死になって慰めなければなりませんでした。
包みの中には櫛(くし)が入っていたのです ―― セットになった櫛で、横と後ろに刺すようになっているものでした。その櫛のセットは、デラがブロードウェイのお店の窓で、長い間あがめんばかりに思っていたものでした。美しい櫛、ピュアな亀甲でできていて、宝石で縁取りがしてあって ―― 売ってなくなった美しい髪にぴったりでした。その櫛が高価だということをデラは知っていました。ですから、心のうちでは、その櫛がただもう欲しくて欲しくてたまらなかったのですけれど、実際に手に入るなんていう望みはちっとも抱いていなかったのです。そして、いま、この櫛が自分のものになったのです。けれども、この髪飾りによって飾られるべき髪の方がすでになくなっていたのでした。
しかし、デラは櫛を胸に抱きました。そしてやっとの思いで涙で濡れた目をあげ、微笑んでこう言うことができました。「わたしの髪はね、とっても早く伸びるのよ、ジム!」
そしてデラは火で焼かれた小猫のようにジャンプして声をあげました。「きゃっ、そうだ!」
自分がもらう美しい贈り物をジムはまだ見ていないのです。デラは手のひらに贈り物を乗せ、ジムに思いを込めて差し出しました。貴金属の鈍い光は、デラの輝くばかりの熱心な気持ちを反射しているかのようでした。
「ねえ素敵じゃない? 町中を探して見つけたのよ。あなたの時計にこの鎖をつけたら、一日に百回でも時間を調べたくなるわよ。時計、貸してよ。この鎖をつけたらどんな風になるか見たいの」
デラのこの言葉には従わず、ジムは椅子にどさりと腰を下ろし、両手を首の後ろに組んでにっこりと微笑みました。
「ねえデラ。僕達のクリスマスプレゼントは、しばらくの間、どこかにしまっておくことにしようよ。いますぐ使うには上等すぎるよ。櫛を買うお金を作るために、僕は時計を売っちゃったのさ。さあ、チョップを火にかけてくれよ」
東方の賢者は、ご存知のように、賢い人たちでした ―― すばらしく賢い人たちだったんです ―― 飼葉桶の中にいる御子に贈り物を運んできたのです。東方の賢者がクリスマスプレゼントを贈る、という習慣を考え出したのですね。彼らは賢明な人たちでしたから、もちろん贈り物も賢明なものでした。たぶん贈り物がだぶったりしたときには、別の品と交換をすることができる特典もあったでしょうね。さて、わたくしはこれまで、つたないながらも、アパートに住む二人の愚かな子供たちに起こった、平凡な物語をお話してまいりました。二人は愚かなことに、家の最もすばらしい宝物を互いのために台無しにしてしまったのです。しかしながら、今日の賢者たちへの最後の言葉として、こう言わせていただきましょう。贈り物をするすべての人の中で、この二人が最も賢明だったのです。贈り物をやりとりするすべての人の中で、この二人のような人たちこそ、最も賢い人たちなのです。世界中のどこであっても、このような人たちが最高の賢者なのです。彼らこそ、本当の、東方の賢者なのです。
「「「水車のある教会」」」
レイクランド村は流行の避暑地ではない。この村はクリンチ川の近く、カンバーランンド山脈の下腹部にある。レイクランド村は静かな村で、2ダース(24棟)程の家が古く狭い線路の側にあるだけだ。これを見ると、
「線路が森の中で迷って怖くなって、レイクランド村の中に飛び込んできたのではないか。 あるいは、村が森で迷って線路の側で家への電車を待っているのではないか」
と思えてくる。
また、なぜレイクランドという名前がついているのか、とも疑問に思えてくる。湖がなく、話題になるには土壌が貧しすぎるこの村に。
この村から半マイル程離れた場所に“鷲の家”はあった。“鷲の家”は大きく、広く、古い大邸宅で、ジョサイア・ランキンによって経営されている。宿泊客はそこに滞在でき、山の空気を安価で楽しむことができる。愉快なことに、“鷲の家”の経営はうまくいってない。その部屋と設備は古く、まるで宿泊客の家のように心地よく散らかっている。しかし、清潔な部屋と美味しい食事を得ることができた。;森林で楽しむこともできる。自然は、鉱泉やブドウの木でできたブランコ、クローケー(遊びの名前)用に使える木の棒を分け与えてくれる。唯一の芸術的なものは、周に二度古いテントで行われる、ギターやバイオリンによる演奏だけである。
“鷲の家”の宿泊客は、ただ楽しむだけでなく、楽しみ、リラックスすることの大切だと感じている人たちである。彼らは忙しい人達で、まるで時計のような人たちであり、一年動くのに一回巻かれる必要があるようなものである。ある時は、別の街にすんでいる学生が、ある時は画家が、ある時は古い丘を調査している地質学者が宿泊した。2、3組のもの静かな家族が夏休みをそこで過ごすこともあったし、レイクランドでは“田舎の学校教師”と呼ばれている宗教婦人団体の疲れ切った会員もここを利用した。
(↑市販のオー・ヘンリー和訳本だと、2週間に一度巻かれなければならない〜とある。書き忘れかな?)
“鷲の家”から1/4マイル程離れた場所に古い水車小屋があった。ここはこの地域でもっとも面白い場所の一つである。このとても古い水車小屋はもう水車小屋ではない。“鷲の家”の経営者ジョサイア・ランキンが好んで言うには、
「この教会はアメリカ全土で唯一の教会でございます、水車があるのです。それに、この水車小屋は世界で唯一の水車小屋 でしょう。パイプオルガンがあるのです。」
“鷲の家”の宿泊客は毎週日曜にこの水車小屋の教会に礼拝に行く。ある伝道師はこう言う。
「クリスチャンは小麦粉のようなものです。彼らは経験と苦痛で挽かれるのですから。」
2
毎年秋のはじめ頃、エイブラム・ストロングという名前の男が“鷲の家”にやってきた。長い間、彼は尊敬され、敬愛される宿泊客だった。レイクランドの人々は、彼を“エイブラム神父”と呼んだ。なぜなら、髪が白く、顔は力強く、優しくて、笑い声が非常に明るく、彼の黒い服とつば広帽が、聖職者のようであったからである。新しく来た宿泊客も3、4日もすれば彼のことを“エイブラム神父”と呼んだ。
エイブラム神父は遠方からこのレイクランドへやってくる。彼は北西部の、大きく忙しい街に住んでいた。彼はその街で製粉工場を所有していた。小さく、座席やオルガンがあるわけでなく、巨大で醜く山のような工場だった。あたり一面にたくさんの蟻がいるかのように終日電車が周りを走っていた。ここで筆者がエンブラム神父と水車のある教会のことを話しているのは、二つの話がつながっているからである。
3
何年も前、教会が水車小屋だった頃、ストロング氏は粉挽きだった。どの国にも彼より幸福で粉まみれで、忙しい粉挽きはいなかった。彼は、水車小屋の向いにあった小さな田舎家に住んでいた。彼はベテランの粉挽きで、値段が公正だったので、山の人たちがかなりの距離の岩だらけの道を小麦を持ってやってきた。
粉挽き(ストロング氏)の人生の喜びは、幼い娘アグレイア(ギリシャ神話の光の神)だった。この名前はこんな金髪の少女には立派すぎる名前だったが、山の人々はこの立派すぎる名前を愛した。彼女の母親は何かの本から見つけ出してつけたのだった。彼女は幼い頃この名前を毛嫌いしていた。彼女は自分のことを“ダムズ”と呼んでもらいたがった。粉挽きとその妻は何回も彼女にその名前の由来を聞いた。しかし、彼女は答えなかった。夫妻はある結論に達した。アグレイアは家の後ろの小さな庭にさいていたロードデンドロン(石楠花・しゃくなげ)の花が好きだった、しかしその名前は言い辛かった。だから多分彼女は自分のことをお気に入りの花に縁って“ダムズ”と呼んでいたのだ。
アグレイアが4歳の頃、彼女とその父親は水車小屋で毎日、午後に小さなパフォーマンスをやっていた。天候が許す限り、毎日やっていた。夕食の準備ができると、アグレイアの母は彼女の髪をとかし、清潔なエプロンを着せた。そうして、アグレイアは父親を家へ呼ぶために水車小屋へ走って行った。粉挽きが娘の姿を水車小屋の扉越しに見つけると、彼女の元へ向かった。彼は、全身が白い小麦粉で粉まみれになっていたが、手をなびかせて、古い粉挽きの歌を歌った。その曲は村の人なら皆がよく知っていた曲だった。
“水車は回るよ
穀物は大地に
粉にまみれた粉挽きはうかれて
一日中歌って
仕事は遊びになる
いとしい人を思っている間は”
そして、アグレイアは彼のもとへ走り、笑って呼びます、「お父さん、ダムズを家まで連れてって。」すると粉挽きは彼女を肩に乗せて粉挽きの歌を歌いながら夕食を食べに行った。いつもの夕食前の光景だった。
4
ある日、彼女の四歳の誕生日から一週間後のこと、アグレイアが失踪した。人々が最後に彼女をみたのは、自宅の前の道の側で野生の花を摘んでいるところだった。すこし後になって、母親が探しに出た時には彼女はすでにいなかった。 もちろん、彼女の捜索には全力が尽くされた。隣人が集められ、数マイル周囲にわたって森や山が捜索された。彼らは水車の回りを、小川を、ダムの下よりも低いところまで長い距離を捜索した。しかし、何も見つからなかった。
粉挽きは水車小屋でその後2年近く滞在していた、その頃の彼の望みは彼女が死んだ証拠を見つけたい、というものだった。彼と妻はアメリカ北西部に引っ越した。数年のあいだに、彼はその地域の重要な小麦粉生産都市の一つで近代的な製粉工場の所有者にまでなった。ストロング夫人はアグレイアを失った痛手から決して立ち直ることはなかった。引っ越ししてから2年後に、粉挽きは独り身となり、とても寂しくなった。
5
エイブラム・ストロングが裕福になったとき、彼はレイクランドと古水車小屋へ出かけた。その光景は彼にとって悲しいものだった、しかし彼はとても強いひとだった(名前のとおり)、そして彼はいつも明るく親切に見た。その時、彼は水車小屋を教会にかえる決心をした。レイクランドは教会を建てるには貧しすぎ、山の人たちはさらに貧しかったため、だれも建設の手伝いはできなかった。この近辺20マイルには教会は一つもなかったのである。
粉挽きは、水車小屋の外装をできる限り変えないようにした。大きな水車はそのまま留まった。この教会に訪れた若い人たちはよく柔らかく古い樹に自分のイニシャルを書き込んでいった。ダムは部分的に壊れていて、山の小川は岩だらけの川底を自由に流れていた。水車小屋の中には、たくさんの変化があった。粉挽きの機械はもちろん、すべて撤去されていた。通路を挟むように2列のベンチが設置され、端には説教用の小さな教壇が設けられていた。三つの側面(壁)の上方に、通路用の階段と、座席が設置された天井桟敷(二階席)があった。天井桟敷には、オルガンもあった、正真正銘のパイプオルガンである。これは、古い水車のある教会に礼拝に行く人たちの誇りだった。フォエビー・サマーズ婦人はオルガン演奏者だった。レイクランドの少年たちは、毎回の日曜礼拝の際に、オルガンをパンピングする(空気をいれて演奏を助けること)番がまわってくることを誇りに思っていた。バンブリッジ氏は、牧師だった。彼は“リス”峠から、老いた白馬に乗って下ってきていて、一度も説教を休むことはなかった。そして、エイブラム・ストロングはすべてを自腹で賄った。彼は、牧師に年に500ドル、フォエビーさんに200ドル支払った。(当時の額でどれぐらいかは知りません。)
そして、アグレイアの記憶であった古い水車小屋は彼女の生きた証として村への贈り物となった。彼女の短い生涯は他の人々のものよりも良いものだったように見えた。しかし、エイブラム・ストロングは別の彼女との記憶の遺物を用意した。
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